クラシックカメラの話題集

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ボルタ判であそぼ!! Start Richlet  Meispii Anny Hobix Photavit
Start−R と Start−35
上のカメラを見て懐かしいと感じる人は、昭和10年代の生まれであろう。日本の高度成長期を支え、推進してきた世代である。

スタート−35は品川の大井にあった一光社が、1950年に発売したカメラで、35mm巾のフィルムに裏紙を巻いたボルタ判フィルムを使い、24×24mmの画像を撮影する。古希を過ぎた私が、小学校5年生の時に母に買ってもらった初めてのカメラである。

ベークライトのボディーに単玉のレンズ、明るさは不明だが前面のスイッチでS(夏)とW(冬)を切り替えるといういたって原始的なカメラだ。シャッターはBと1/25がついていた。ボディーの上面を外してフィルムを装填する。これが850円だった。同時期に大人用のリコーフレックスは、5,800円で売り出されている。

スタート−Rは少し進歩して、裏蓋開閉式になり、画面は24×36mmのライカ判と同じになった。デザインが多少高級になったが、機能は全く変わっていない。この2台がヤフーオークションに出品された。懐かしくて思わず落札していた。

手に入れると、今度は何としてもこのカメラで写真を撮ってみたくなる。でも、ボルタ判のフィルムはとっくに製造がストップしている。しかし、窮すれば通ずで、ネット上には有意義な情報があふれている。まずは、フィルムの作成から挑戦だ。


運良くボルタ判のフィルムが手に入った。しかし、有効期限は1982年1月。30年も前に期限が切れている。裏紙だけ使うことにする。さいわいボルタ判は現行の135タイプと同じサイズだ。裏紙に135フィルムを一緒に巻けば、ボルタ判が作れるわけだ。マンションの風呂場は窓がないので、簡単に暗室になる。早速、ボルタ判作りに挑戦した。

挑戦といっても話は簡単で、裏紙に35mmフィルムを巻き込んでいけばいいだけだ。以下、順を追って説明しよう。

暗室に入る前に準備すること。ボルタ判の裏紙を用意する。ネットで探せば期限切れのボルタ判フィルムが見つかる。ダイヤモンドカメラというサイトで、ボルタ判のスプールと裏紙のセットを在庫販売している。消費税込みで525円。


1.裏紙を展開する。
2.巻き終わりの裏紙の端を、スプールに差し込んで留める。
3.135フィルムの先端から少し巻き込む。

あとは暗室(夜の窓のない風呂場かトイレ)の中の作業だ。
3の状態の35mmフィルム、裏紙を持って暗室に入る。
(もちろんダークバッグでも可)

 
 完成

4.暗室の中で、裏紙にフィルムを合わせながら、巻き込んでいく。
5.裏紙の最後まで来たら、少し手前でフィルムを切断。
   (この時、裏紙まで切ってしまわないように注意。)
6.テープでフィルムの先端と裏紙をしっかりとめて出来上がり。

最初はもたつくが、慣れればとても簡単。1本の135フィルムからボルタ判が2本取れる。


撮影が終わったら、パトローネに入れ替えて、DP店に現像に出す。

10

7.パトローネの蓋をはずす。はずしにくいが栓抜きなどでいくつか試してみる。
8.分解したパトローネと撮影済みフィルムを持って暗室へ。
9.暗室で撮影済みフィルムの先端をスプールに巻いていく。
10.巻き終わったらパトローネに戻して、蓋をしっかりはめる。

暗室が出来ない場合はダークバッグでも、それも無い場合は布団に潜ってでもOKだ。要は遊び心で気軽に挑戦すること。36枚撮りなら2本は作れるから、神経を使う必要はない。

スプールにフィルムを巻く時に、先端をテープで止めない方が良い。テープで止めると、現像する時に剥がれて、DP機器を傷める恐れがある。店に迷惑をかけてしまうので要注意だ。


スタート-R (1957年)
Start-R
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石灯籠 柴折り戸

わざとコントラストの強い光景を選んで写した。トイカメラにしては頑張って映る。当時、子供達が喜んで写したのがよくわかる。これだけ写れば大満足だろう。

戸定邸の庭 秋の雲

明るい風景はご覧の通りだ。思わず少年の頃を思い出していた。これは、はまりそうな予感がする。


リッチレット (1954年) 
 
 Richlet+Chemit42mm F5.6
 
この格好いいカメラは、昭和29年リッチレイ商会から発売された。 同時期に販売されていた前掲のスタート35は850円だったが、このリッチレットは2,300円であった。小学生の私の目からはとてもまぶしく見えたものだ。

   
 
このカメラの裏には珍しい予備フィルムの収納スペースがある。その蓋にはLIGHT FILMの文字が印刷されている。なんとフィルムメーカーの宣伝なのだ。このCMを載せるかわりに、この金属製の蓋の製造費を、フィルムメーカーに負担させたのだそうだ。リッチレイ商会の夏目社長はなかなかのアイデアマンであったらしい。

 クラシックカメラ専科NO.22に面白いコラムが載っている。竹崎春年氏リッチレット雑記に、このカメラの設計者である桜井実氏があかした秘話があるのだ。それによるとF11ぐらいしかないレンズの明るさを、商業政策上F5.6と表示しろと言われてたいへん困ったとある。 実際に写してみると、F8ぐらいはありそうだが、シャッターが1/100までしかないので、フィルム感度が上がった今となっては、それでも明るすぎるぐらいだ。

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 浅草にて

 24×36mmのライカ版である。単玉のレンズだから、さすがに周辺は盛大にゆがむが、それでもびっくりするぐらい良く写る。とても子供用の玩具カメラとは思えない。F11に絞って撮ったが、明るい風景はかなりの露出過度になる。F11より絞れないのが残念だ。デジタル処理で露出補正をかけて、まあなんとかものになった。

   
 江戸川河川敷にて
 
 2015年9月17日、鬼怒川の氾濫から1週間経って、江戸川河川敷へ行ってみた。菖蒲園や河原の草には泥のあとがあって、この河川敷も水に浸かっていたことがわかる。


メイスピー UD (1955年)
MEISPII UD+MEICA 50mm F6.3
メイスピー明興社という会社が、1958年(昭和33年))に売り出したカメラである。戦前に東郷堂が売っていた同名のカメラがあったが、それは横置きの2眼レフで、この戦後派のメイスピーとは別物である。戦後派のメイスピーも製造は東郷堂であった。

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ノラ テラスレストラン
このカメラも24×36mmのライカ判になる。10枚撮りだ。スタートよりかなり本格的で、シャッターはB、25、50、100のKTSというシャッターがついている。メイカレンズは固定焦点だが、絞りは6.3から22まで絞ることが出来る。

女神像 銀座も変わった

アニー−10 スーパー(1960年)
Anny-10 Super+homei lens 50mm F8
これはどこから見ても安物のニコンSPだ。プアマンズニコンならぬチルドレンズニコンである。軍艦上には、ご丁寧にシャッターダイヤルと、巻き戻しノブらしきものまである。レバー巻き上げで、シャッターダイヤルにはB、25、50とある。絞りも8から22まで絞れる。もちろんニコンのようなブライトフレームが表示されるわけではないし、巻き戻しノブもダミーだ。

1960年(昭和35年)に豊栄産業が作ったパクリカメラである。その安っぽさには辟易するのだが、当時の少年達は最新型のニコンを手にしたように、心躍らせたに違いない。

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聖橋と地下鉄 お茶の水にて
ブリキ細工のようなカメラだが、晴れた日ならそこそこの写真が撮れる。色は少し赤みがかかるが、高度成長期に入る以前の日本の少年達にとって、このカメラがもたらす満足感は、いまのデジタル世代の満足感より遙かに高かったに違いない。24×24mmの正真正銘のボルタ判である。

青空 ニコライ堂
シャープだとはとても言えないが、それなりにきちんと描写されている。10枚しか撮れないフィルムを、大事に大事に使って、私はいつか少年の日に帰っていた。

Anny SP
この会社はさらに悪のりして、こんなペンタックスまがいのカメラも出している。もちろんペンタプリズムではなく、ただの素通しのファインダーだ。ここまでくると、もう笑うしかない。


ホビックス DU (1953年)
Hobix DU+Complete 40mm F4.5
戦前からユニークなカメラを作っていた東郷堂の製品である。サモカフレックスを小さくしたようなデザインで、手のひらに乗ってしまうほどの、非常に小型のカメラだ。小型の2眼レフは形としては面白いが、実用性は全くない。とにかく見にくい。そのためにだろうか、透視ファインダーがついている。シャッターはB〜1/200まである。これも24×24mmだ。

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秋の白川郷1 秋の白川郷2
快晴の白川郷での撮影会。このカメラで撮れる最高の条件だった。2群2枚のレンズだから、期待してはいけないが、周辺の光量落ちは顕著だし、ピントも合わせにくい。しかし、悪戦苦闘してなんとかものになった写真は、なかなか味があるではないか。と、ひとりで密かに満足するのである。


フォタビット35 (1938年)
Photavit 35+Radionar 37.5mm F3.5
そもそもボルタ判は、ドイツのボルタ社が元祖である。1936年にボルタ判フィルムを使ったボルタビットを発売した。その後、フォタビットに名前を変え、ボルタ判フィルムを使うカメラの他、828フィルムを使うもの、専用カートリッジで35mmフィルムを使うモデルなどを生産していた。写真のカメラは専用カートリッジ仕様のタイプで、ダブルマガジンになっている。

小型ながらアルミダイキャストのしっかりした造りで、レンズはシュナイダー・クロイツナッハのラジオナーだし、シャッターはコンパーラピッドという本格派だ。撮れる画面は24×24mmのいわゆるボルタ判である。

日本のボルタックスダン35のお手本になったカメラである。戦後の日本ではスタートやリッチレットなどボルタ判カメラがたくさん作られたが、元祖を生んだドイツでは早々に廃れてしまい、中古市場でもあまり見ることはない。
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築地本願寺1 築地本願寺2
築地本願寺は夕日に映える。私の好きなスポットのひとつだ。午後遅く出かけて、夕日に輝く本願寺のドーム屋根を写すのは楽しい。この小さなカメラは、十分にその楽しみにこたえてくれた。

玉子塚 ノラネコ
目測だがピントが合えば見事な描写をする。さすがにシュナイダー製のレンズだ。ただ、なにせ目測だから、ピントがきっちり来ることはほとんど無い。使いこなしには努力を要する。




クラシックカメラの物語


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