クラシックカメラの話題集

クラシックカメラの物語
クラカメ撮影日記 ボルタ判であそぼ 謎のバンタム判 クラシックカメラの残照 35mmの二眼レフ 魅惑のハーフ判 一眼レフの誕生
フィルムの話題 スキャナーの話題 露出の話題 名機の広告 超広角レンズの世界 プアマンズライカ 黒白写真


魅惑のハーフ判  Ansco memo  Ducati sogno Mercury U Olympus pen  Canon demi  Dial35   
        Fijica mini Ricoh autohalf  Agfa optima parat Agat18k  Chika3 Samurai Z2     

そもそも小型カメラの歴史は、35mm巾の映画用フィルムを使うことから始まった。映画はフィルムを縦に送って、横24mm、縦18mmの画像を連続して撮り、動きのある動画とするものだ。それをワンカットだけで止めて、スチール写真を得ようというのは、ごく自然の発想だった。それは1910年代の映画発祥の地アメリカから始まった。ツーリスト・マルチプルやシンプレックスなどが知られているが、長尺の映画用フィルムを使うので、750枚とか800枚とかの気の遠くなるような撮影コマ数であったという。

オスカー・バルナックが1925年に、フィルム送りを横にして、縦24mm、横36mmのライカを世に送ったことで、映画画面のダブルサイズが小型カメラの標準となった。現在では、そのライカ判を標準として、元々の映画スタンダードサイズはハーフ判と呼ばれることになる。

アンスコ メモ (1927年)

ライカ誕生の翌々年の1927年、携帯可能で実用レベルのシネサイズカメラが、アメリカのアンスコ社から発売された。アンスコ・メモである。木製のボディーに黒い張り革の縦長モデルで、110×52×66mmとたいへん小型にまとめられていた。

Ansco Memo+Wollensak Velostigmat 45mm F6.3
私のところへきたこのカメラは、アメリカのシカゴから届いた。レンズに少し曇りがあるが、85年前のカメラにしては、大変きれいな状態であった。レンズはウォーレンザックの45mm F6.3で、固定焦点、絞りは16まである。シャッターは自社製でT、B、25、50、100のエバーセットというシンプルなものだ。写真で見ると2眼レフのように見えるが、上の丸窓はフィルムカウンターである。シャッターを切ると一齣進む。

カメラの背面 裏蓋を外す
裏蓋の上部にスライド式の止め金具がある。それを右に引くと裏蓋が外せる。中にはフィルムマガジンが2個入っている。マガジンの開口部や、フィルムゲートは銅で縁取りしてある。単純だがしっかりした作りである。

カメラ背面の中央のポッチを下に引くと、フィルムが一齣巻き上げられる。不思議な巻き上げ機構だ。巻き上げるというより、マガジンに押し込んでいるという感じだ。
マガジンの内部 フィルムをセット フィルム巻き上げピン
マガジンを開けてみると、内部に金属の渦巻き状のガイドがある。暗室に入りフィルムを押し込んでいくと、フィルムの巻き癖のテンションで、自然に巻き取られていく。巻き終わったら暗室を出て、もうひとつのマガジンに少しフィルムの先を押し込む。二つのマガジンをカメラにセットする。この際、フィルムは上(ファンダー側)から下へ巻き取られるので、巻き取る方のマガジンを必ず下にセットする。当たり前だがよく間違えるので要注意だ。

裏蓋側にはフィルム圧板の両サイドに、2本のピンが出ている。裏の巻き上げレバーを下に引くと、このピンがフィルムのパーフォレーションの孔にかかって、一齣分を下のマガジンに押し込むのだ。単純だが確実な方法である。
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寒ツバキ 日比谷花壇
さて冬の公園で試写だ。ファインダーの接眼部が目から離れて構図が決まらない。これはかなり慣れを要する。巻き上げとシャッターは快調で、テンポ良く写真が撮れる。写りはご覧の通りで、レンズが曇っているのか少しねむいような写りである。

日比谷公園の埴輪 冬支度
快晴だったのでF16に絞ったが、シャッターが1/100までしかないから、どうしても露出はオーバー気味になってしまう。

オジャンコ猫 眠り猫
日比谷公園にはノラネコが多い。それも実に人を食った猫ばかりで、被写体としては面白いのだが、このカメラで狙うにはかなり難物である。


ドゥカッティ ソーニョ (1941年)
Ducati Sogno+Vitor 35mm F3.5
イタリアのハーフサイズカメラドゥカッティである。カメラ業界ではデュカッティと呼ぶことも多い。ドゥカッティ社は今ではオートバイで有名だが、カメラを作ったのはオートバイよりも前である。製造年は諸説あるが、ここではStoria della Ducatiにより1941年とする。

とにかく小さい。手のひらにすっぽり入ってしまう。それでいて393gと、ずっしりと重い。ライカをそのまま小さくしたようなカメラだが、フィルムは35mmフィルムを、専用の小さなカートリッジに詰め直して使う。

巻き上げノブも、シャッターも左手側にあるし、距離ヘリコイドもライカとは逆回りだから要注意だ。

距離計連動だが、ファインダーも距離計も小さくて見にくい。シャッターはフォーカルプレーンで、B、25,50、100、200、500。シャッター幕は固定スリットで、スプリングのテンションだけで、速度を可変する。従って巻き上げ時には、レンズとシャッター幕の間に遮光幕が閉じる。レンズを外してみてみると、この遮光幕は観音開きになっていて、巻き上げ時に閉じ、シャッター寸前に前に開く。なんだか可愛い動きだ。

シャッターが走る寸前に遮光幕が開く

巻き上げと同時にシャッターがチャージされるのだが、500にセットするとものすごく重くなる。重いので途中で止めると、ファインダーにで注意が出て、シャッターが切れなくなる。なんとも凝った作りなのだが、使い勝手が良いとはいえない。

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公園 女神像
レンズは沈胴式だ。レンズを出さないとシャッターが切れない。うっかりミスを防いでいる。巻き上げノブ側のボディーに、直接カウンター数字が刻んである。巻き上げノブを持ち上げ、ノブの指標に数値を合わせる。15枚しか撮れない。

シャッターダイアルの下に、視度調節の爪が出ている。ファインダーは小さくて見にくいが、距離計はくっきり2重像が浮かび、意外に合わせやすい。

日比谷公園 天下太平
1/500で撮っていると巻き上げがものすごく重いので、フィルムの終わりがわからない。力を入れて回していると、フィルムを巻ききってしまう恐れがある。10枚を超えたら1/200に落としておく方が安全だ。

巻き戻しは、巻き上げノブを引き上げてから、巻き戻す。

ちなみにシャッターダイヤルの下に巻き戻しレバーのようなものがあるが、これはレンジファインダーの視度調節レバーである。

ライカCLやコンタックスのように裏蓋着脱式で、ボディーから引き抜くのだが、ライカのようにスムースにはいかない。かなり力を入れて引き抜くことになる。超小型で精密感はあるのだが、機械的な洗練度はライカに一歩遅れをとっているという感じだ。


マーキュリー U (1945年)
Mercury U+Tricor 35mm F2.7
異形のカメラである。ハーフ判にしては、すこぶる大きい。宇宙人が作ったような、不可思議きわまるカメラである。作ったのはアメリカのユニバーサルカメラで、1938年に最初のマーキュリーを世に送った。専用マガジンに入った専用フィルムを使用し、ダブルマガジンで、巻き戻し機構はなかった。戦後のU型から、普通の35mmフィルムが使えるようになった。

変わっているには外見だけではない。中身も相当に変わっていて、まずシャッターは円盤が回転するロータリーシャッターだ。中を見てみると、2枚の円盤が作る扇型スリットの開く角度で、露光を調整しているらしい。外観を印象づけている半円の正体は、シャッター円盤の格納スペースなのだ。


ボディー前面に、ノブがたくさん配置されている。向かって左上のノブは、フィルムの巻き上げだ。巻き上げると、ノブと噛み合ったカウンター円盤がまわり、カウンターが一齣進んで、シャッターがセットされる。右のノブはシャッター速度の切り替えだ。フィルムを巻き上げてから、ノブを押しながらセットする。T、B、20、30、40、60、100、200、300、1000となる。倍数になっていないので、実際はかなり面食らう。左下部のノブは、巻き戻しロック解除だ。ノブをrewindに合わせると、ロックが外れて巻き戻せるようになる。

ボディーはアルミダイキャストのがっしりした作りだが、ハーフ判のくせにバルナックライカより、大きくて重い。レンズはスクリューマウントで交換可能だが、交換レンズは見たことがない。軍艦に突き出した半円の衝立の両面には、被写界深度がフィート数値で細かく書いてある。ボディー裏面には円盤がついていて、計算尺式の露出計になっているのだが、いずれも詳しすぎて使う気になれない。

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早春の日だまり 新宿御苑にて
シャッターを切ると、なんとも頼りない音が聞こえる。今までに聞いたことのない音だ。これで本当に1000分の1秒が出ているのだろうか。たいへん不安になる。

桜と記念に カンザクラ
現像に出してびっくりした。非常によく写っている。シャッターも問題無さそうだ。ロータリーシャッター恐るべしか。


このあと、アメリカやヨーロッパでは、ハーフ判は影が薄かった。もっぱらライカ、コンタックスなどのフルサイズの高級機と、東ドイツで始まった一眼レフに関心が向いていく。

オリンパス ペン (1959年)
Olympus-Pen+D.Zuiko 28mm F3.5
アメリカやヨーロッパで細々と続いてきたハーフサイズカメラが、極東の日本で突然変異のように満開の花を咲かせる。1959年(昭和34年)、オリンパスの若手設計者米谷美久の設計になるオリンパスペンの登場である。若干26才の新人設計者に与えられたミッションは、ハーフサイズのカメラを6,000円で販売出来るコストで作れというものだった。

距離計無し、露出計無し、シャッターは1/200までという思い切りの良さだが、レンズにはこだわって3群4枚のテッサータイプを採用した。それも前玉回転ではなく、全群繰り出し型なのだ。それもあって6,000円で売るには、オリンパス本社の工場ではコストが合わず、三光商事という別会社を作って製造し、やっと販売にこぎ着けた。

これが大ヒットし、ペンシリーズで実に1,700万台という途方もないベストセラーになった。これを見て、日本の各社がこぞって追随し、空前のハーフサイズカメラ全盛時代が到来した。

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雪とスカイツリー 亀戸から
確かに奇をてらうところがないから、安心して使える。絞りとシャッターを合わせ、距離を合わせて写真を撮る。カメラの基本中の基本を味わえる。何でも自動でやってくれる昨今のカメラに比べ、なんと謙虚なことか。

紅梅の雪 あまぐり屋
今日(平成24年1月24日)は、久しぶりに東京に雪が積もった。ペンを持って、折しもウソ替え神事が行われる亀戸天神へ出かけた。真っ青な空と白い雪と、梅のつぼみとスカイツリーが格好の被写体となった。


キャノン デミ (1963年)
Canon demi+Canon 28mm F2.8
オリンパス・ペンの登場から4年後、キャノンが満を持して投入したのが、キャノンデミである。半分という意味のフランス語Demiと名付けたところもお洒落で、くっきりと見やすいファインダー、3群5枚の28mmという準広角レンズ、そして「キャノン、デミデミ、キャノンデミ」としょっちゅう流れてきたコマーシャルソングで、一躍ベストセラーになった。

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枯れ草と猫 法華経寺
このカメラの良さはファインダーにある。くっきりとして見やすい。なんとプリズムを使った高級なファインダーなのだ。撮っていてストレスが無い。レバー巻き上げ、クランク巻き戻しといった機構はオーソドックスで使いやすい。

五重塔 店先
ゾーンフォーカスを採用していて、1M、3M、無限遠が絵で示される。裏蓋に絵文字とメートル、フィートの対比表があるのは便利だ。

キャノン ダイアル 35 (1963年)
Canon Dial 35+Canon 28mm F2.8
形のユニークさで言えば、世界でも1、2を争うだろう。露出計の受光部を電話のダイアルのように並べたデザインは、極めてインパクトが強い。おまけにフィルム送りと巻き戻しもゼンマイ仕掛けで、カメラとしてはかなり異端である。しかし上品な金属ボディーは、昨今のプラスチックカメラとは一線を画していて、相当にかっこいい。それもそのはず、愛知万博の総合プロジューサーをつとめた泉眞也氏の、若き日の作品なのだ。

デミの発売から6ヶ月後の登場であった。思い切った商品戦略で、大胆なマーケティングを展開する、いかにもキャノンらしい斬新なカメラであった。シャッターはB、30から250までのシャッター優先EE、レンズは3群5枚のキャノンSE28mmF2.8、、距離も目測だがメートル表示が刻んであるし、絞りダイヤルを上に引けばマニュアル露出も出来るなど、初心者向けだったデミに比べ、よりベテランに配慮した仕様になっている。

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スカイツリー 北十間川
中古品の中には露出計が作動しないカメラがあるが、絞りリングを引き上げればマニュアルで使えるので、十分に撮影を楽しめる。写りはさすがキャノンだ。シャープで抜けがよい。

軒上の弁天小僧 正月の浅草
ゼンマイのジャーという音も、良い気分にさせてくれる。ただ、巻き戻しがいささかやりにくい。ゼンマイで巻き戻すのだが、巻き戻しリングが回しにくいのだ。コツをつかむのに時間がかかりそう。

露出計は水銀電池を入れないと稼働しないが、水銀電池が手に入らない現代でも、LR44を1個工夫して入れれば働くようになる。


フジカ ミニ (1964年)
Fujica Mini+Fujinar 25mm F2.8

これも極めて個性的なカメラである。デザインが東京芸大の田中芳郎教授、設計が甲南カメラ研究所の西村雅貫所長というコンビが生みの親だ。一世を風靡したフジペットの開発コンビである。たしかにそれまでのカメラ屋の発想とは、かなり違っている。

まず小さい。88×58×40で手のひらに乗ってしまう。

次にお洒落である。なんと宝石をちりばめてあるのだ。もちろん人造宝石なのだが、レンズ鏡胴に付いている露出合わせレバーの先端にはダイヤモンド、軍艦上部のフィルム感度設定指標には、ピンクのルビー(ISO25)、ブルーのサファイヤ(ISO50)、黄色のトパーズ(ISO100)、グリーンのペリドット(ISO200)が埋め込まれている。

さらにレンズに付属するUVフィルターは、淡い紫色にコーティングされていて、カメラの美しさを一層際だたせている。

露出合わせのダイヤモンド フィルム感度指標

まずフィルム感度の短針を軍艦部の小さなダイヤルを回して、宝石の指標に合わせる。フィルムが高感度になった現代では、ISO25のルビーやISO50のサファイヤの出番がないのはちょっと淋しい。次にレンズ鏡胴にあるダイヤのレバーを回して、フィルム感度を合わせた短針に露出の長針を合わせれば、露出が適正になるという仕掛けだ。

シャッタースピードは1/125に固定で、ダイヤモンドレバーで絞りを調節しているのだ。

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都会の椰子の木 櫓太鼓
巻き上げは、巻き上げノブに親指を乗せ、中指を裏蓋の指置きにおいて、ボディーを挟むようにしてボディーを回す。するとフィルムが巻き上げられて、シャッターがチャージされる。かなりユニークだが、慣れると意外にも扱いやすい。
木の根 路傍の石像
コントラストが強い風景や、暗い風景などを試写したが、露出はほぼ適正なようだ。巻き戻しは苦労する。裏蓋の巻き戻しボタンを押し込みながら、巻き戻しダイヤルを回すのだが、ダイヤルから手を離すと、フィルムのテンションによって巻き戻しダイヤルが逆回転してしまう。これは慣れるまで時間がかかりそうだ。

リコー オートハーフ S (1965年)
Ricoh Auto Half S+Ricoh 25mm F2.8
リコーオートハーフの初代は1963年の発売だが、写真のモデルは1965年発売の2代目である。ゼンマイによる自動巻き上げ、25mmの富岡光学製リコーレンズ、セレン光電池のEE機構などは先代譲りだが、シャッターボタンが軍艦上部に配置され、セルフタイマーが付くなど使いやすさが向上し、さらにデザインがリファインされて、よりスマートになった。

翌1966年に発売されたリコーオートハーフEは、Sからセルフタイマーを省いたモデルだが、前面のアルマイト化粧板を張り替えることによって、特別デザインのモデルが各種作られ、コレクターに人気がある。

レンズは3群4枚で固定焦点、シャッターも1/125の単速シャッターで、露出計によって絞りを可変させる押すだけカメラである。20年間で600万台を超えるベストセラーになり、オリンパスペンの強力なライバルであった。
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柳森神社の狸 雪の空樹
暗い神社の境内と、明るい雪の朝の撮り比べ。自動露出の威力を感じる。セレン露出計だから電池が要らないのも嬉しい。

雪の線路 亀戸天神
東京に雪が積もった日、リコーオートハーフの自動露出はしかりと機能している。


アグファ オプティマ パラート (1963)
Agfa Optima-Parat+Color-Solinar 30mm F2.8
日本勢のハーフ判カメラ大攻勢に、カメラの本場ドイツはあまり熱心に対処しなかったのか、ドイツ製ハーフ判カメラの数は少ない。写真のカメラは、フィルムメーカーのアグファが出したハーフ判カメラのパラートである。自動露出のオプティマシリーズのハーフ判で、大きくてごつい印象のアグファにしては、小型でスタイリッシュな仕上がりになっている。

シャッターはコンパーで30−500のプログラムシャッターである。軽快な日本製に比べると、小型とは言ってもずっしりと重く、ドイツ製らしい高級感がある。

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日比谷ビル街 雪の日比谷公園
このレンズはあまりシャープではないが、端正な描写をする。露出は雪の朝で、かなりコントラストが高い風景だが、大きな破綻はきたしていない。

街路灯 ネコとベンチ
日比谷公園にチャトラのネコが増えた。みんな家族なのかしら。都会派のネコらしく、人を怖がるでもなく、かといって媚びるでもなく、悠々と人生、いや猫生を謳歌している。


アガート 18K (1988年)
Agat 18K+Industar-104 28mm F2.8
なんともキュートな可愛いカメラである。旧ソ連圏ベラルーシのBeLOMO社製。プラスチックのチープな作りなのだが、レンズは定評のあるインダスターF2.8、シャッターは1/540まである本格的プログラムシャッターなのである。

2分割されるボディー フィルム装填
ボディーは真ん中から真二つに割れる。欧米や日本には無い発想だ。フィルム装填はやりやすいように見えるが、慣れるまで時間がかかる。プラスチックのボディーをほんとうに割ってしまわないように、慎重に操作する必要がある。

フィルム感度設定 お天気マーク
黄色いリングの内側のリングを回して、フィルム感度を設定する。次に外側のリングを回して、お天気マークを合わせる。指示線両側の黒丸と白丸は露出補正らしい。

取扱説明書を見ていたら、ロシヤ語だからチンプンカンプンなのだが、次のような表が載っていた。絞りとシャッターの組み合わせ表のようだ。この表から読み解くと、上のリングの場合は、ISO100のフィルムにセットし、快晴の日に撮影すると、絞りは6.8でシャッターは1/362秒ということになるらしい。

絞り 2.8 2.8 3.4 3.4 4.0 4.8 5.6 6.8 8.0 9.5 11.0 13.5 16.0
シャッター 65 130 144 169 204 260 354 362 417 540 540 540 540

このカメラのシャッターについては謎がある。カメラ博物館のロシアカメラ展の資料や、ロシアカメラに関する本などには、アガート18Kのシャッターは単速だと書いてあるのだ。しかし、フィルム感度設定はISO1600まで設定出来る。そんな高感度のフィルムに、単速で対応するのは不可能である。やはり、取説通り高速シャッターが切れるというのが、正しいだろうと思う。

ただ、高速が出るからといって高級だとは言えない。このカメラの場合、絞りとスピードが一定の組み合わせで動くプログラムシャッターで、絞りとシャッターの羽が共通である。例えば上の表で1/540をセットすると、絞りは最大で9.5までしか開かない。つまりシャッター羽根が開く速度は一定でも、開く口径が小さいので早く閉じることが出来るわけだ。ちょっとした発想の転換だが、日本のセイコーが開発した技術で、現代のデジタルカメラにも広く応用されている。
ひどい光線引きだ!
多少程度が良い ひどい光線引き
試写してびっくりした。全てのコマが光線を引いているではないか。ロシアカメラはこれだから面白い。一見してチープなプラスチックモデルだから、もしかしてと覚悟はしていたけれど、これはひどい。一体どこから漏れているのだろう。怪しいのはファインダーだ。

ファインダー部分 合わせ目から光線が
ファインダー近辺に当たりを付けて、LEDをファインダーに近づけると、プラスチックの合わせ目から盛大に光が漏れている。そこで光が漏れている接合部分を、黒板用スプレーをシーラー代わりにして塞いでみた。

室内はOK 外ではダメ
室内では光線漏れは感じられない。ところが、外で試写すると、まだ盛大に漏れているではないか。参ったなあ。でもこうなったら意地だ。今度はフィルムの巻き上げ、巻き戻し部分に目を付けた。案の定だ。巻き戻しの回転部分から盛大に漏れている。

フィルムの回転部分 LEDで照らすと、、
信じられない工業製品である。オモチャにだってこんなひどい工作はしないだろう。ロシアとかベラルーシの消費者は、こんなカメラを売りつけられて、怒らないのだろうか。

黒い遮光テープを小さく切って、パンチで穴を開け回転部分の怪しい箇所に貼り付けた。さらに裏側からも、細く切ったテープを貼り付け遮光した。隙間だけでなく、プラスチックそのものから光が漏れるのだから、ひどいものだ。しかし、この方が挑戦のし甲斐があって面白い。

今度こそはと、巣鴨の地蔵通りに繰り出した。40枚撮って現像するとまだいかん。ショック。
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だいぶ良くなったが まだいかん!
黒板スプレーを綿棒に含ませて、内部にまんべんなく塗りつけた。乾くのを待って、さらに黒いテープを細く切ったのを貼り付けた。暗い部屋で電気を消して、LEDでボディーを照らして、光線漏れを探す。漏れている箇所ををしらみつぶしに黒テープを貼っていくのだ。そうした上で3度目の挑戦である。
コルゲンかえる 猿田彦
光線漏れは未だ少しあるが、やっと、まともな写真が撮れるようになった。このレンズはかなり上等な描写をする。旧ソ連のレンズはカメラに比べて評価が高いが、このインダスターのレベルも相当高い。Agatはロシア語で宝石のメノウを意味するが、どうもこのインダスターレンズを指しているらしい。

大根案山子 魔除けの赤パンツ
巣鴨という町は楽しい町だ。普通の町では見かけないような面白い店が、そここにあり、格好の被写体を提供してくれている。このカメラは軽くて小さいので、ポケットにいつでも忍ばせておける。まともな写真が撮れるまでに苦労させられたが、巣鴨の町を撮るには、もっともよく似合うカメラである。


チャイカ 3 (1970年)
Chika 3+Industar-69 28mm F2.8
アガートで思わぬ苦労をしたから、少し息抜きをしよう。写真のチャイカ3もアガートと同じ、ベラルーシのBeLOMO社製である。同社の製品にしては、まともなカメラらしく思われる。プラスチックのボディーコアを、金属の軍艦と底板で挟んでいる。ファインダーはブライトフレームが入って非常に見やすい。底板にあるレバーで巻き上げ、ボディー前面のボタンでシャッターを切る。セレン露出計を内蔵している。

大きなダイヤルは3層になっている。まず中央のリングを指の腹で回して、ISO感度を合わせる。гост(gost)とある表示がロシア語でISOのことだ。次に外側のリングを回して、黒い点をシャッタースピードに合わせる。被写体にセレンを向けると細い針が動くので、中のリングを回して丸い針を、細い針に合わせる。その時、赤い点が示している数値が絞りの値だ。レンズの絞りリングを回して、その数値を合わせれば適正露出となる。文字で書くと面倒だが、実際はそう面倒というほどではない。

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東京ドームホテル 後楽園庭園
このカメラ、露出計がおかしい。動いてはいるのだが、どうも数値がおかしい。自分の勘による露出にした。ボディーや露出計は頼りないが、レンズは見事な描写をする。

後楽園にて 中山法華経寺
チャイカというのは、ロシア語でカモメのことだ。ソ連時代、最初の女性宇宙飛行士テレシコワが、「ヤー、チャイカ」(私はカモメ)と宇宙から交信してきたのが、思い出される。

このカメラは何故かレンズを外すことが出来る。どうも引伸機に流用したらしいのだが、取り外すとM39のライカスクリューマウントなのだ。もっとも、フランジバックが違うのでライカには使えないが、はやりのミラーレスカメラに付けると、マクロレンズとして使える。試しにパナソニックのルミックスに付けてみた。

M39スクリューマウント Lumix G1+Industar-69

かなりの近接撮影が出来る。こうしてみるとインダスターの実力の高さがわかる。周辺光量落ちが気になるが、十分にシャープで、質感をよく表現するレンズである。
無限遠側 近接側


サムライ Z2 (1989年)
Samurai Z2+Kyosera Zoom 25-75mm
ハーフサイズカメラの最後を飾るのは、京セラが1987年に投入したサムライ3.0である。さしもの大ブームを起こしたハーフサイズカメラも、安価で小型の35mmカメラにシェアを奪われ、この頃はもう火が消えかかっていた。デジタルカメラの足音も、もう、間近に聞こえ始めていた時代である。

写真のカメラは、1989年に発売された2代目のサムライZ2である。奇しくもこの年は昭和最後の年でもあった。思えば昭和の始まりにヨーロッパで誕生したハーフサイズカメラは、極東の日本で大輪の花を咲かせ、昭和の終わりと共に静かに消えていったのである。

意表を突くネーミングと共に、極めて異形のカメラである。全自動の一眼レフで、2CR5を電源とする電気カメラでもある。フィルムの装填から、ピント合わせ、露出合わせ、巻き上げ、巻き戻しまで完全自動化されている。さらに3倍ズームレンズ搭載で、構図決めも格段に便利になった。フィルムさえなければ、デジタルカメラそのものと言って良い。

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日比谷公園 出世タヌキ
このカメラは普通に構えると横位置になる。ハーフらしく縦位置にしようと思うと、意外に構えにくい。遠景も近景もオートフォーカスは問題ない。少し露出オーバー気味だ。

日比谷公園 冬支度
こういう自動カメラは、撮影データーがまったくわからない。これは不満が残るところだ。おそらくシャッターと絞りがセットで変化するプログラムシャッターなのだろうが、微調整が出来ないのは辛い。

日比谷の猫 神田の猫
オートフォーカスは猫を撮る時は便利だ。一瞬でピントが合うので、気まぐれな猫を相手にする時は、本当に助かる。


クラシックカメラの物語

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