クラシックカメラの話題集

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プアマンズ ライカ AkaretteU Futura S Argus C44  Minolta A2-L Olympus-Ace  Altix-n
                Canon P Zorki-1 Super PaxetteUL
世にプアマンズ ライカと呼ばれる一群のカメラがある。ライカには憧れるけれど、ライカは高くて買えない。そういう一般庶民のために、彼等にも十分手が届く値段で、せめてライカの感触を味わってもらおうと登場した心優しいカメラ達なのだ。

だから、高級なフォーカルプレーンシャッターは搭載出来ない。普及型のレンズシャッターで我慢する。それでも、ライカであるためには、レンズは交換出来るようにしたい。出来れば距離計も連動したい。そしてなによりも気品が無くてはならない。決して安物ではいけないのだ。

そんな涙ぐましいカメラ達を紹介していこう。ただ、当時は庶民的な価格だったが、現在は市場価格が上がって、ライカより高価になってしまったカメラもある。そういうカメラにはご遠慮願った。有り体に言えば、高くて買えないだけなのだが。

アカレッテ U (1950年)
Akarette U+Radionar 50mm F3.5
ドイツのApparate&Kamerabau社が1950年に発売した。レンジファインダーのように見えるのは、50mmと75mm用のビューファインダーである。従って距離計は無い。前玉回転による目測なのだ。レンズはシュナイダー クロイツナッハのラジオナー50mmと75mmのほか、35mmから135mmまで、クセナーやエンナリートなどが用意された。シャッターはプロンターで、1/300までの普及型だが、ボディーは金属製で手にずっしりと来る。ライカによく似た外観で、典型的なプアマンズライカだ。

交換レンズはかなり豊富だったようだが、ファインダーは2種類しかないので、外付けのファインダーが必要だった。またモデルによっては、75mmの代わりに35mmのファインダーを用意したものもあった。
レンズ側のこのリングを
回して脱着する。
ボディー側の突起と、
レンズ側の溝を合わせる。


使い勝手はかなり特異な部類で、初めは戸惑う。

まず裏蓋が開かない。これはボディー脇の小さな二つのポッチを指で挟み、中央に寄せるとボディーの中央からパカッと開く。

次にカウンターだ。指の腹でダイヤルを回すのだが、カウンターの数字が読めない。レンズで拡大しているのだが、指標とダブって読みにくい。感触は悪くないのだが、技術者が凝りすぎて使いにくくしている。

最後に撮り終わって巻き戻す段になって、あわてた。巻き戻しレバーがない。巻き戻しノブを回しても、当然ながら動かない。あれこれ試行錯誤した挙げ句、巻き上げノブを引き上げれば良いことに気がついた。パズルを解く気分だった。

裏蓋開閉 見にくいカウンター 巻き戻し
二つのポッチを指で挟んで 技術屋が凝りすぎた ノブを上に引いて

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上野にて ペリカン
目測のカメラにしてはピントが良く来る。1/300だから晴天だと11か16まで絞れる。そうすれば私だってこのくらいは撮れる。

谷中にて 招き猫
ラジオナーというレンズは十分よく写る。谷中のレトロな町の情景が、うまく撮れたと思う。

和尚と露天商 骨董市にいた人形
中山法華経寺の骨董市。都会と違ってどこかのんびりしている。こういう風景がこのカメラはお得意である。


フツーラ S  (1952年)
 
Futura-S+Evar 50mm F2.0 

フツーラは、西ドイツのフライブルグにあったFutura Kamera Werk A.Gが1950年代から製造したレンズ交換式のレンズシャッターカメラである。ライカというよりコンタックスに近い。プアマンズコンタックスとでも言うべきか。

このフツーラ Sは、F2.0の明るいレンズに、1/500までのシンクロ・コンパーを搭載したシリーズ中の高級機である。交換レンズは径30mmのスクリューマウントだが、距離ヘリコイドはコンタックスのようにボディー側にある。35mm、45mm、50mm、70mm、75mm、90mmなどが交換レンズとして用意されていた。

 

日本ではあまり人気が無いが、デザインは高級感があり、作りもしっかりしていて、かなりかっこいいカメラなのである。
 
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 小岩菖蒲園  記念撮影
雨上がりの小岩菖蒲園。2013年6月14日はちょうど満開であった。写りはともかく、カメラの姿が良いので、カメラ好きの人から声をかけられる。ちょっと気分が良いのである。

 
   
 花菖蒲  紫陽花
距離計は2重像で正確だが、上下像が少しずれている。まあ、我慢の範囲内だ。

 
アーガス C44 (1956年)
Argus C44+Cintagon 50mm F2.8
アメリカ製である。アメリカのアーガスといえば、煉瓦(Brock)とか、弁当箱とかと言われたC3が有名だが、その後継機C4の改良型である。C4も後期の機種からはレンズ交換が出来たらしいが、1956年のC44から本格的なレンズ交換機になった。

アメリカ製のプアマンズライカといわれ、イメージは確かにライカに似ているとも言える。しかし作りはアメリカらしく、大雑把でライカの持つ精密感はあまり感じられない。それでも写りはなかなかのもので、決して馬鹿には出来ない。

<<レンズ交換の方法>>

レンズ交換の方法が少し変わっていて、最初はかなり戸惑う。レンズを外す時は、鏡胴下の矢印を押しながら、レンズのクローム部分を反時計回りに回す。距離指示マーク(▼)が∞から少し右にずれる。そのままの位置を保ったまま、ボディー側の距離ダイヤルをゆっくり回すと外れる。外れる位置がつかみにくいので、私は外れる位置を赤インクで印を付けた。
     
∞に合わせる。 ↑を押しながらレンズのクローム部分を反時計回りに回す。  ∞から少し右に外す。この位置を保ったまま、距離ダイヤルをゆっくり回す。

 レンズを装着する時は、レンズマウントの2つの赤点を合わせる。レンズも2つの赤点を合わせる。4つの赤点を合わせて落とし込み、ボディー側のマウントを動かないように押さえながら、レンズのクローム部分を時計方向にカチッと止まるまで回わす。
赤点を合わせる。 レンズの赤点も合わせて、
マウントの赤点に合わ
せてはめこむ。
    
レンズのクローム部分をカチッと止まるまで時計回りに回す。


変わっているのはレンズ交換だけではない。シャッターボタンはシャッターを切ると、沈んだままになる。巻き上げると次第にせり上がってきて、チャージが完了すると、元に戻ってシャッターが切れる。

巻き戻しも、そのためのレバーやボタンがない。巻き上げノブを上に引っ張ってから、巻き戻す。前述のアカレッテと同じ方式だ。

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迎春 羽子板市にて
アーガスを持って師走の浅草へ出かけた。羽子板市とあって大賑わいだ。アーガスを見た知らないオジサンが声を掛けてきた。よほど珍しかったのだろう。最近はデジタルばかりで、ピカピカした金属製のカメラは、目を引くのかもしれない。

これなら手が届く 見返り柳と
何万円もする羽子板は諦めて、我が家族は小さな小物の店へ。さらに吉原に足を延ばして、見返り柳をバックにパチリ。冬のこととて、柳は枯れていた。

中山法華経寺 夕日の五重塔
このカメラ、ゴリゴリとした感触で、ライカの滑らかさは味わうべくもないが、押さえ所はしっかりしていて、写りは立派なものだ。それにしてもシャッター音の大きいこと。シャッカという音を聞くと、写真を撮った!!という気分になる。撮られた猫がびっくりして逃げていった。


 
 Argus c44+Cintagon 35mm F4.5
アーガスの交換レンズは、みな美しい鏡胴を持っている。 フードも金属だから高級感は満点なのだが、ボディーのメッキがいまいちなので、折角のレンズのグレード感がだいぶ削がれてしまう。写真に撮るとカッコいい。
 
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中山法華経寺 
   
AJCC修理勉強会 
開放で撮った室内のシーンだが、これは良いレンズだ。安物のアメリカ製とはとても思えない。
 
   
 
 Argus C44+Cintagon 100mm F3.5
 100mmの望遠にメタルフードを付けると、堂々たる風貌になる。ただ如何せん距離計の基線長が短いので、ピント合わせには苦労する。
 
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法華経寺にて
おそるおそるピントを合わせてみた。これはびっくりだ。完全に合っている。お見事と言うしかないな。
   
 ハスの花  大仏
近くはOKなのだが、遠景は少しピントが甘くなるかな。

 
ミノルタ A2−L (1958年)
Minolta A2-L+Rokkor 45mm F2.8 & Rokkor 100mm F4.5
亡くなった義兄が残したカメラ。珍しいレンズ交換式のミノルタA2−Lである。1955年発売のミノルタA2を、レンズ交換式にしたモデルで、100mm望遠レンズとのセットでしか販売されなかった。1958年の発売で、希望すればA2を改造してくれたらしい。中古市場ではほとんど見かけない非常にレアなカメラである。義兄がなんでこのようなカメラを所持していたのか、今となっては知るよしもない。

不思議なピン 望遠レンズのガイドだ 望遠レンズを付けた
シンクロ接点の下に不思議なピンが出ている。標準レンズを付けている時は、なんのためのピンなのかさっぱりわからない。100mmレンズを見ると謎が解けた。100mmレンズを付ける時のガイドピンなのだ。これによってボディー側のヘリコイドと、交換した100mmレンズがリンクして、距離計が連動するわけだ。面白いアイデアである。

このカメラのファインダーは、45mmと100mmのブライトフレームがくっきりと浮かび、非常に見やすい。シャッターダイヤルが縦のダイヤルになっているのも、面白い。ミノルタはこのカメラをどういう意図で作ったのだろう。わずか1年で、ごく普通のA3型を発売して、このモデルをカタログから消してしまった。

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泉岳寺山門 義士の墓
標準の45mmをつけて、師走の泉岳寺へ詣でた。討ち入りの日とあって参詣者が絶えない。実際は旧暦だから、1月になってからであるが、やはり師走でないと義士祭らしくないのだ。

柳森神社のネコ1 柳森神社のネコ2
秋葉原の柳森神社のネコ。ネコ好きの我が娘を入れてパチリ。電気街から外れた裏通りに、ひっそりとある稲荷社だが、新橋の烏森神社、日本橋の椙森神社と並んで、往年は江戸三森稲荷のひとつであったとか。道理でネコも気位が高い。この神社は狐ではなく狸がお守りしている。「たぬき=他を抜く」と掛けて、出世の神様として名高い。

今度は100mmのロッコールに付け替えて、中山法華経寺へ。
参道のメリークリスマス 中山大仏
このレンズも素晴らしい。さすがにピント合わせが難しく、半数以上はピンぼけだったが、ピンがきっちり来ているショットもあるので、これは腕のせいだろう。私の愛用のカメラになりそうな予感がする。


オリンパス エース (1958年)
Olympus Ace+E.Zuiko 45mm F2.8
このカメラもレンズシャッターでレンズ交換が出来る。45mm標準レンズの他、35mm広角と、80mmの望遠レンズが用意された。明るいファインダーに3種のブライトフレームが浮かぶ。シャッターはコパルSVで、1秒から倍数系列で1/500秒まで切れる。
レンズ鏡胴側面の小さなピンを押しながら、時計方向に回すとレンズが外れる。ピンが小さすぎて、操作しやすいとは言えない。また、ヘリコイドを回して距離を合わせると、絞りリングまで回ってしまい、絞りの操作が大変やりにくい。明るいファインダーは上等だが、使い勝手に少し難があるカメラである。

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春爛漫 新宿御苑にて
ズイコーレンズの描写は、評判通り素晴らしい。発色が素直だし、シャープさも悪くない。ただ、距離を合わせると絞りリングを誤って回しがちで、慣れるまで苦労した。望遠や広角レンズも試したかったが、市場にはほとんど出回らない。

春の公園 名残の桜
サザンカ キャノン


スーパー パクセッテ UL (1958年)

三代のスーパーパクセッテ
左:UL+Katagon(1958) 中:UB+Cassarit(1957) 右:UBL+Xenar(1958)
ドイツのカール・ブラウン社のパクセッテシリーズは、レンズ交換が出来ないT型、レンズ交換が出来るU型に別れ、さらに露出計が付くとB、ファインダーにブライトフレームが入るとLが加わる。さらに距離計が連動するとスーパーになる。レンズ交換の出来るU型は、マウント部に大きな4本の角があるので簡単に見分けられる。これは重い交換レンズをしっかりホールドする補強材なのである。

ブラウン社というと日本では電気シェーバーでおなじみだが、こちらのブラウン社はまったく関係のない別の会社である。レンズはStaeble-WerkのKatagon、シュタインハイルのCassarit、シュナイダー・クロイツナッハのXenarなど35mmから135mmまで各種供給された。

Super Paxette UL+Katagon 50mm F2.8
非常にコンパクトで精密感のあるカメラである。39mmのスクリューマウントだが、フランジバックが44mmもあって、28.8mmのライカとは互換性がないのが残念だ。

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ノラ 日比谷公園
距離計は2重像合致式だ。プロンターシャッターは300までしかない普及型だが、大変軽快で、手ぶれしやすいコンパクトボディーには、ぴったりのシャッターだ。ただ、レリーズボタンがレンズマウント部に付いているので、慣れないと戸惑うことになる。

都会のアガパンサス ある日の東京駅
2012年6月は歌舞伎座も東京駅も完成間近だ。歌舞伎座前にはアガパンサスが満開だった。東京駅は夕日に照らされて赤煉瓦が美しく映えていた。

このカメラの最大の難点は巻き戻しだ。レバーで巻き戻すというメカニズムは、非常に珍しく面白いのだが、巻き戻しボタンを押しながら、ジーコジーコと50回以上レバーを操作するのは、かなりの苦痛を伴う。

その巻き上げレバーの下に小窓が開いていて、巻き上げや巻き戻し時に、フィルムの動きが目視出来るのは安心感がある。

Super Paxette UL+Telexon 135mm F3.8
望遠レンズを付けてみた。どう見ても内蔵距離計の基線長は短く、135mmは無理だろうと思っていたら、このレンズは距離計に連動しないのだった。仕方がないから、外付けの距離計で測り、レンズのヘリコイドを合わせて撮影してみた。手持ち撮影なので案の定、ピンぼけのオンパレードになった。実用的ではないなあ。

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大賀ハス 大賀ハスを撮る人
多少見られるものを載せてみる。三脚を立てて、じっくり狙えば撮影は可能だろうが、それでも135mmはかなりきついなあ。

中山大仏 ベランダから
無限遠はまあまあの描写だ。シャープとは言えないが、望遠らしさを味わうには十分だ。


アルティックス−n (1959年)
Altix-n+Tessar 50mm F2.8
これもドイツ製である。東独ドレスデンのAltissa社が1959年に発売した。アルティックスの最初のモデルは、1939年のT型に始まるが、1952年にレンズ交換を可能にしたVa型を発売する。1958年にはファインダーを大型化し、巻き上げをレバーにしたAltix-nに進化し、1959年にファインダーをブライトフレーム入りとした写真のモデルに到達する。

一時は年間20万台も作られたというが、日本にはほとんど輸入されておらず、非常に珍しいカメラである。レンズはツァイスのテッサーだから馬鹿には出来ない。作りも丁寧だし、ファインダーも50mmと90mmのブライトフレームが浮き上がる見やすいものだ。

レンズ交換はボディー側のリングを回して着脱するスピゴットマウントで、レンズ側の突点を、カメラ側に合わせてリングを閉める。レンズはカールツァイスのテッサー50mmが標準だが、プリマゴン35mmやテレフォガー90mmなどが用意された。

裏蓋の脱着は変わっていて、底面中央の黒いリングを回して、後ろに引き抜く。巻き戻しは巻き戻しボタンを押しながら、巻き戻しノブを少し引き上げて回す。

ブライトフレーム用明かり窓 スピゴットマウント 裏蓋着脱

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ハゼの紅葉 六義園にて
ハゼの紅葉が見頃になった六義園で、アルティックスのテッサーを試写した。テッサーにしては少し甘いかなあ。カミソリにたとえられるテッサー本来のキレが感じられない。

サクラの紅葉 新宿御苑にて
丁寧にピントを合わせると、それなりの描写をする。ただ、シャッターが1/250までしかないので、ピーカンだと16に絞っても露出オーバーになってしまう。フィルムが高感度になっている現代では、NDフィルターは必需品なのかもしれない。

銀杏1 銀杏2
今年(2011)は震災や洪水があって異常気象の年だったが、紅葉も非常に遅い。11月の末になってもカエデは未だ緑のまま、銀杏が辛うじて色づき始めてきた。

キャノン P (1959年)
Canon P+Canon 50mm F1.8
ライカを懸命に追いかけていたキャノンが、文字通りプアマンに向けて発売した大衆向け高級機である。型式もポピュレールのPをつけ、自社の高級機キャノンYTの半額で売り出したので、単一機種10万台という大ヒットととなった。

「成功の罠」というビジネス用語があるが、キャノンPはよくこの言葉の喩えに出てくる。1959年は、日本光学がレンジファインダーを諦めて、本格派一眼レフのニコンFを発売した年である。キャノンはP型の成功によって、7型、7S型とレンジファインダー機に固執し、一眼レフへの転換が遅れた。その結果、プロ用一眼レフの分野で、ニコンの独走を許してしまう。成功の罠にはまった典型なのである。

人気機種で大量に販売されたから、中古市場では可哀想なくらい安い。このカメラもジャンクコーナーに並んでいたのを、救い出してきた。一軸不回転のダイヤルには、1秒から1/1000秒まで等間隔に並んでいて、非常に使いやすい。ファインダーも35mm視野の広くてクリアーな等倍ファインダーで、50mm、100mmのブライトフレームが浮かぶ。

ただ、極薄のステンレス製シャッター膜にシワが寄っているので、ジャンクコーナーに置かれていたのだ。これはキャノンL1型以降の共通の欠陥で、それが中古価格を引き下げている。見栄えは悪いけれども、撮影に支障があるわけではない。

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谷津バラ園にて 1分咲きのモッコウバラ
バラ1 バラ2
ぶらんこ 一輪車


ロシアのジュピター3 50mm F1.5 というレンズを付けて、中山法華経寺へ桜を撮りに出かけた。ツァイスのゾナーのコピーだと言われているレンズだ。プアマンズライカとプアマンズゾナーの組み合わせである。

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春の子供1 春の子供2
五重塔 満開の桜


ゾルキー−1 (1949年)
Zorki-1+Industar-22 F3.5
プアマンズライカの最後に登場するのは、究極のプアマンズライカ、旧ソ連製のゾルキー1型である。このモデルだけで、なんと80万台という途方もない生産台数を記録した。

第2次大戦後、イギリス、アメリカ、日本などでライカそっくりのコピーライカが作られたが、その中でこのゾルキーは、桁外れの生産台数を記録した。1932年にウクライナのFEDが開発したコピーライカをルーツとするが、FEDが主として国内用だったのに対して、ゾルキーは輸出用だったらしく、精度も品質もレベルが一段高いように思われる。

スローシャッターがついていないライカDU型の完全コピーで、レンズはインダスター22という沈胴式レンズだ。ライツのエルマーにそっくりだが、テッサータイプのレンズだという。

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春の新宿御苑 満開の鬱金
ご機嫌斜め 日本大好き


クラシックカメラの物語


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