クラシックカメラ銘々伝
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レチナ賛歌 117 010 012-7 015 142 016

レチナは1934年、アメリカのコダックが、ドイツのナーゲルを買収して、35mmフィルムを使うカメラを生産したのが始まりである。しかし、実はナーゲルの創立者オーギュスト・ナーゲル博士が、自分のカメラにかける夢を実現するために、コダックの資本を利用したというのが真実に近い。ツアイス・イコンで技術の総帥だったナーゲル博士だが、巨大企業の中では、必ずしも自分の夢を実現出来るわけではなかった。ナーゲル博士はツアイス・イコンを飛び出し、コダックと組んで夢の実現を図った。実際、コダックはドイツコダックを全面的にナーゲル博士にまかせ、資金を出すだけで口は出さなかったらしい。

コダックの資本を得たナーゲル博士は、1934年12月、後にオリジナルレチナと呼ばれるレチナ117を世に送り出す。ライカの半額以下という大衆カメラで、大変な人気となりわずか半年で6万台が出荷された。当時ライカやコンタックスは、暗室でフィルムを装填する専用のマガジンを必要とした。コダックはナーゲル博士が考案した日中でも装填出来るパトローネ入りのフィルムを、レチナ用に売り出した。これも人気の大きな要因であった。

レチナの魅力は折りたためばポケットに入ってしまうコンパクトさだが、そのほかに、優秀なレンズがある。ドイツの名門シュナイダー・クロイツナッハ社のクセナー、カール・ツアイス社のテッサー、そしてコダックのロチェスター本社製のエクターなどが装着された。特にエクターは特殊光学ガラスを使ったレンズで、その独特な描写は非常に魅力的である。

レチナ117(1934−1935)

Retina 117 + Xenar
COMPUR
1934年に登場した最初のレチナである。オリジナルレチナと呼ばれ、数多いレチナの中でも特別な存在である。日中でも気軽に装填出来るパトローネ入りのコダックフィルムが、このレチナ専用に売り出され、写真界に画期的な変革をもたらした歴史的意義を持つ。

パトローネ入りのフィルム規格は、レチナの成功により35mmフィルムの世界標準となり、ライカもコンタックスもこの規格をこぞって採用した。

レンズはシュナイダーのクセナー、シャッターは1/300までのコンパーが装備された。ボディーは黒のエナメル塗装、金属部分はニッケルメッキである。

発売時の価格は75マルク。同時期のライカVaは307マルク、コンタックスUは360マルクだったからまさに破格である。日本へも輸出され、販売価格は195円、同時期のライカVは580円、国産のキャノンは270円だった。

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明治神宮にて 東京駅
なにしろ今年で喜寿(77才)を迎えるろーとるだから、外観は塗りが剥げて、かなりくたびれて見えるのだが、アルミダイキャストのボディーはしっかりしたもので、極めて正確に動く。国力が充実していた時代のドイツカメラは、さすがに凄いと感じる。

大震災後の大手門 江戸城大番屋
2011年(平成23年)3月11日、東北地方を大震災が襲った。東京でも震度5を記録。鉄道はストップし、町は帰宅難民であふれた。皇居も被害を受けた。ほとんど報道されていないが、石垣は崩れ、大手門もご覧の通りだ。

装飾灯篭 五色沼
あれから1年。未だに風評被害に悩む福島を応援しようと、AJCCの福島支援撮影旅行に参加した。心がけが良いので、2日間とも晴天で素晴らしい旅であった。福島頑張れ!

レチナ010(1945−1949)

Retina 010 + Ektar usa
COMPUR

エクターのシリアルナンバーがEOから始まるので1946年製だ。。私のところに来た最初のレチナである。010型は戦後の混乱期に部品をかき集めて作ったといわれ、構成は種々雑多だが、久しぶりの平和を謳歌するように、12万6千台という大ベストセラーになった。このカメラは巻き上げストッパーが不調だが、カウンターを目安に撮影した。エクターの表現力は期待以上で、レチナに惚れ込むきっかけとなったカメラである。

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江戸川 パンパスグラス

巻き上げノブのストッパーがかからないので、カウンターの回転を頼りに撮影した。半ば期待せずにフィルムも10枚ほど残して現像に出したが、出来上がりを見てびっくり。目を見張るような写真で、期待していなかっただけに興奮してしまった。


店仕舞いした易店 店を開けたとんちゃん屋

私にとってフォールディングカメラは初体験で、このレチナ、カメラが何となく頼りないし、シャッターも旧式のコンパーで1/300までしかないし、トイカメラよりはマシだろうぐらいの気持ちで撮っていた。いやー!!、カメラに申し訳なかった。完全に脱帽である。レチナ恐るべし、エクター恐るべし、そしてナーゲル博士に最敬礼である。

東京スカイツリー497M 雷門にて

心を入れ替えて、レチナ様に十分敬意を払って撮った写真である。私の腕だからたいしたことはないが、それでもレチナはすごい。エクターはご立派である。

ただ、このレチナ010は、24枚撮ると巻き上げられなくなる。当時は36枚撮りのフィルムは無かったのだろうか。それとも不具合なのか不明である。

巻き上げストッパーの故障をなおそうと、AJCCの修理研修会に持ち込んだ。先輩に手伝ってもらって、軍艦部の分解をし、カウンターをなおしたら、いつの間にか36枚撮れるようになっていた。万歳。


レチネッテ 012−7 (1949−1951)

Retinette+Angenieux 50mm F4.5 
普及型のレチネッテだが、ボディは前出の010と同じである。軍艦部の左側が黒塗りになっていて、シャッターは1/250までの普及型、カメラを立てるスタンドも省略されている。

しかし、よく見るとこのカメラはただ者ではない。レンズがなんとアンジェニューが付いている。フランスへの輸出仕様なのだ。フランスのコダック・パテ社から販売された。
フランス仕様のレチネッテ
 
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根津神社山門 根津神社本殿
アンジェニューというレンズは一度使ってみたかった。ライカマウントのアンジェニューは大変高価で、私にはとても手が出ない。このレチネットにアンジェニューが付いているというので、少し高かったが折からの円高もあったので、思い切って落札した。

根津神社はツツジの盛りは終わってしまっていたが、国宝の建物はよく写っている。

睡蓮 クラシックカメラの大御所
クラシックカメラクラブの高島会長によると、第二次大戦直後はフランスは完成品に大変高率な輸入関税を課していたので、ドイツコダックは部品として輸出し、フランスのコダック・パテで組み立てたのだそうだ。その際、レンズとシャッターはフランス製を使ったらしい。ちなみにシャッターは銘がないが、もしかするとジッツォかもしれないという。

型番の後に−7がつくのがフランス向けなのだそうだ。自動車でいうノックダウン輸出のようで、興味深いお話であった。

秩父宮別邸
2016年7月14日、AJCCの仲間と御殿場にある秩父宮別邸記念公園を訪ねた。御殿場にはこれまで何度も訪れているが、この公園は知らなかった。ちょうどユリの花が満開で、むせるような甘い香りが印象に残る。 

   
 富士山本宮浅間大社
AJCC会員の佐野氏の別邸で1泊。氏の膨大なコレクションに圧倒されて、至福の時を過ごした。 翌日は駿河国一之宮の浅間大社に参詣。この神社の祭神は木花咲耶姫。富士山を神格化した姫神だ。伊豆国一之宮の三嶋大社の祭神大山祇神の娘だ。高天原に降臨した天孫瓊瓊杵尊の妻神でもある。つまり天皇家のルーツというわけだ。

富士宮に鎮座する富士山本宮浅間大社は、全国に1300社ある浅間神社の本宮とされ、晴れていれば社殿の奥に富士山を眺めることが出来る。この宮の本殿は二階建てという神社としては珍しい建築様式で、徳川家康の造営といわれている。また富士山の八合目以上の山頂はこの神社の所有地である。従って神社の境内の広さは、伊勢神宮や出雲大社を凌ぎ日本最大である。

神社建築によく見られる本殿の屋根上の二組の千木。先端を地面と平行に削ぐ内削ぎ、垂直に削ぐ外削ぎとあるが、内削ぎは姫神、外削ぎは男神とされる。しかしこの浅間大社は姫神なのに外削ぎだ。伊勢の外宮、上野国貫前神社も姫神なのに外削ぎ、安房の安房神社は男神なのに内削ぎだった。

 
 佐野別邸にて
AJCCの大先輩の佐野さんの別邸を訪問した。クラシックカメラの収集家として有名な佐野氏の膨大なコレクションに、我を忘れて、時を忘れて、遠慮も忘れて、しまいには貴重なエンサインロールフィルムレフレックスをお借りしてきてしまった。


 

レチナTa 015 (1951−1954) 

Retina1a015+Xenar50mm F2.8 
SYNCHRO-COMPUR

1951年発売のレチナTa型。フィルム巻き上げがレバー式になり、巻き上げと同時にシャッターがセットされ、ネックストラップ用の金具が付いた。このモデルから使い勝手は格段に向上している。戦後の混乱期に作られた010に比べると、ボディーの質感はずっと良くなり、クロームメッキも非常に美しい。

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東京スカイツリー497M

真下から見上げる空樹
背比べ

空中のオブジェ

雷門
時代屋が行く

エクターに比べると、このクセナーはずっと近代的な描写だ。くっきりと抜けがよく、色乗りも鮮やかだ。何となく懐かしい味だったエクターとは、だいぶ趣が違う。名門シュナイダー・クロイツナッハ社製の素晴らしいレンズである。

レチナ U 142 (1937−1939)

Retina U 142+Ektar 50mm F3.5

戦前のモデルだが、距離計がついたレチナである。なんとも不思議なところに距離計の窓がついている。どういうメカニズムになっているのか、興味があったので購入してみた。巻き戻し機構と干渉するので、巻き戻しノブの軸にスリットが開けてある。そのためにのフィルムを巻き上げても巻き戻しノブが回転しない。フィルムが確実に巻き上げられているかどうかがわからない。なんとも不安だ。

巻き戻しも手間がかかる。巻き上げノブの後ろの小さなレバーをRにする。それから巻き戻しノブの側面下のレバーを矢印方向に押しながら巻き戻す。最初、巻き戻しノブが回転しないので焦ってしまった。

この構造のためだろうか、距離計とファインダーの接眼部が大きく離れていて、非常に使いにくい。

私のところにやってきたレチナ142には、エクターの50mmF3.5がついている。しかし、レンズのナンバーはNo1211329なので、EOから始まるコダック本社製ではなく、シュナイダーからのOEMのエクターだと思う。シャッターはコンパーラピッドで、1/500が切れる高速型だ。
巻き戻しノブと側面の巻き戻しレバー 遠く離れた接眼部とRレバー

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柿の実 廃ドラム缶

新ドラム缶 新ドラム缶

自動販売機 アロエの花
レチナ Ua 016 (1951−1954)
Retina Ua 016+Xenon 50mm F2
私のもっとも好きなレチナである。このあとのモデルは、露出計をつけたり、ファインダーにブライトフレームが入ったりと、非常に使いやすくなったのだが、その分大型になって、コンパクトなレチナらしさが失われていく。

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仙台市博物館 松の花
レバー巻き上げのセルフコッキングで使いやすい。フィルムカウンターは逆算式で、1になると巻き上げ出来なくなる。無限遠に合わせてから蓋を閉めないと、蛇腹のタスキが破損する。要注意だ。

室内で 室外で
解放近くでも非常にシャープだ。発色も好ましい。明るい景色を16まで絞って撮ったが、素晴らしい描写だ。

おじさんふたり 函館奉行所
2012年10月、関西歴史クラブと北海道へ旅行した。レチナの写りはなかなかよろしい。旅に持って行くには最高のカメラである。

クラシックカメラの物語



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